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札幌地方裁判所 昭和50年(ワ)33号 判決

原告

佐々木誠

ほか一名

被告

市町専治

ほか一名

主文

被告らは各自原告佐々木誠に対し金二〇九六万八五五一円および内金一九九六万八五五一円に対する昭和四八年一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告らは各自原告佐々木律子に対し金二二〇万円および内金二〇〇万円に対する昭和四八年一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決の一項および二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告らは各自原告佐々木誠に対し金三二八四万九一二六円および内金三〇二四万九一二六円に対する昭和四八年一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自原告佐々木律子に対し金三六六万円および内金三〇〇万円に対する昭和四八年一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告らの各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  事故の発生

原告佐々木誠(以下原告誠という。)は次の交通事故(以下本件事故という。)によつて傷害を負つた。

1 発生日時 昭和四八年一月一七日午前一一時ごろ

2 発生場所 苫小牧市字植苗二二五番地先国道三六号線路上

3 加害車 普通貨物自動車(登録番号室一は七三五五号、以下本件加害車という。)

4 右運転者 被告市町峰行(以下被告峰行という。)

5 被害車 普通乗用自動車(登録番号札五や九三九五号、以下本件被害車という。)

6 被害者 原告誠

7 事故の態様 被告峰行は本件加害車を運転して国道三六号線を苫小牧市旭町方面から同市字植苗方面に向い時速約六〇キロメートルで走行中、前方の道路状況を十分確認しないで本件加害車を運転したため、本件事故発生日時ごろ、本件事故発生場所において、たまたま同車の前方で右折のため減速していた本件被害車の発見が遅れ、急制動の措置を取つたが間に合わず同車の右後部に本件加害車の前部中央部を追突させ、その衝撃により本件被害車を分離帯の切目から対向車線上に飛び出させ、折から対進して来た設楽和靖運転の普通乗用車の右前部を本件被害車の左前部に衝突させた。

8 結果 (一) 右追突のため本件被害車を運転していた原告誠は頭部外傷、外傷性頸椎症、外傷性頭蓋内出血(外傷性くも膜下出血)の各傷害を負つた。

(二) 原告誠は次のとおり入院加療(入院五六日間)を受け、一日間自宅療養した。

王子総合病院脳神経外科 昭和四八年一月一七日から同年二月一三日まで二八日間、同年三月五日から同月一四日まで一〇日間合計三八日間

紺野医院 同年二月一五日から同年三月五日まで一八日間

自宅療養 同年二月一四日 一日間

さらに、通院加療(四六一日、内実治療日数二二日)を受けた。

王子病院 同年三月一五日から同年四月二〇日まで三七日間、内実治療日数八日、同月二一日から昭和四九年六月一八日まで四二四日間、実治療日数一四日

9 後遺症 (一) 原告誠は現在頭部外傷後遺症に侵され、日夜苦悩呻吟している。右後遺症の症状は次のとおりである。

(1) 精神症状として顕著な健忘症状(逆行性健忘)を示す。すなわち、記憶(記銘把持、追想)障害がはなはだしく、現在、時・人・場所に対する見当識が極めて悪い。また一般常識も著しく不良であり、思考内容も貧困である。

(2) 常時、頭痛、耳鳴りを訴え、時々夜失禁をする。

(3) 勃起不能となり、本件事故前ほとんど毎日あつた夫婦関係は本件事故後一回もない。

(4) 人格水準の全般的低下と性格変化が認められる。すなわち、精神反応は粗大で細やかさを欠くようになり、興味の範囲は狭くなり、精神状態は平坦で起伏に乏しくなり、自発性は乏しく、特に蓋恥心の欠如が認められる。情意面では無欲、緩慢、抑制不充分でささいなことで易怒傾向が目立つようになつた。

(5) いわゆる痴呆でない、知能低下状態と見られる反応性痴呆または仮性痴呆状態が指摘されている。

(6) 右後遺症は自賠責保険給付において後遺障害別等級表第三級第三号「精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当すると査定されている。

(二) また、専門医の診断によれば、右後遺症の回復はあまり期待できない状態である。

二  責任原因

1 運行供用者(自賠法三条)および不法行為者被告峰行の使用者(民法七一五条、七〇九条)

被告市町専治(以下被告専治という。)は丸善市町商店という商号で食品製造販売業を営んでいるところ、本件加害車を所有し、これを被用者の被告峰行に運転させて自己の営業のため運行の用に供していたものであるから、その運行によつて生じたあるいは被告峰行の不法行為によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

2 不法行為者(民法七〇九条、七一〇条)

被告峰行は本件加害車を運転し、ウトナイ遊園地付近から中央分離帯寄りの右側車線(追越車線)を先行自動車に追従して本件事故発生場所に差しかかつたところ、先行自動車がたまたまブレーキをかけて左側に進路を変更したのを契機として前方の道路状況を十分確認することなくその先行自動車を追抜こうとしたため、同車の前方で右折のためハンドルを右側に切つて減速していた本件被害車の発見が遅れ、急制動の措置を取つたが間に合わず、同車に追突させ本件事故をひき起したものであるから自己の行為によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

三  損害

1 原告誠の損害 三二八四万九一二六円

(一) 治療関係費 七五万三五〇六円

(1) 治療費 五八万三一二六円

(2) 近親者付添看護費 九万〇五〇〇円

イ 入院付添 七万二八〇〇円

原告佐々木律子(以下原告律子という。)は医師の指示により前記五六日間の入院中付添看護をなしたので、一日一三〇〇円として合計七万二〇〇〇円の付添看護料が相当である。

ロ 自宅療養付添 一三〇〇円

ハ 通院付添 一万六四〇〇円

原告律子は原告誠が昭和四八年中一四日、昭和四九年中八日通院するに際し、付添看護をしたので一日昭和四八年については六〇〇円、昭和四九年については一〇〇〇円として合計一万六四〇〇円の付添看護料が相当である。

(3) 入院諸雑費 二万二四〇〇円

原告誠は前記五六日間の入院中、一日四〇〇円合計二万二四〇〇円の諸雑費を支出した。

(4) 通院交通費 五万七五八〇円

イ 札幌医大通院分 六一五〇円

苫小牧・札幌間を昭和四八年一月三〇日、同年二月一日、同月一三日の三日通院

王子総合病院と苫小牧駅ハイヤー一往復 三六〇円

苫小牧と札幌間汽車賃一往復 六四〇円

右特急券片道(ゆき) 六〇〇円

右急行券片道(かえり) 一〇〇円

札幌駅と札幌医大ハイヤー一回 三五〇円

右会計 二〇五〇円

通院三回分として 六一五〇円

ロ 王子総合病院から自宅まで 二万五五〇〇円

原告誠は昭和四八年二月一四日王子総合病院から退院して当時えりも町大和の自宅へ帰るため荷物運搬も含めてタクシーを利用し、タクシー代二万五五〇〇円を要した。

ハ 紺野医院から王子総合病院へ転院 一万四八九〇円

えりも町と浦河駅前間バス 三八〇円

浦河駅前と王子総合病院ハイヤー 一万四五一〇円

ニ 王子総合病院通院分 九二四〇円

原告誠は二二日右病院に通院したが、交通の便が悪く、タクシーを利用した一回四二〇円を要し、その合計は九二四〇円である。

(5) 文書作成料 一七〇〇円

(二) 得べかりし利益 二八〇五万〇二五九円

(1) 休業損害 一六八万五三二三円

原告誠の年齢 二七歳三か月(昭和二〇年九月二〇日生)

職業 土木労働者兼運転手

収入 年収一一八万三八〇〇円(平均九万八六五〇円)、(昭和四八年賃金センサス第一巻第二表、企業規模計男子労働者小学新中卒に基づく)

休業期間 昭和四八年一月一七日から昭和四九年六月一八日まで

休業損害 一六八万五三二三円

(ただし、昭和四八年一月分四万七七三三円、昭和四九年六月分五万九一九〇円)

(2) 労働能力喪失による損害二六三六万四九三六円

原告誠は事故当時毎日小型貨物自動車を所有して土木労働者兼運転手としてえりも町藤田組等において真面目に働いていたものであつて、身体も極めて頑健であつた。しかるに、原告誠は現在前記のとおり頭部外傷後遺症により心神喪失の状態にあり、就業は全く不能であり、今後の回復は期待できない状況にある。したがつて、原告誠の労働喪失率は後遺障害等級三級に該当していることを考えると一〇〇パーセントと認められる。

ところで、原告誠は右傷害の症状固定の時点である昭和四九年六月一八日現在では二八歳八か月二八日であり、厚生省簡易生命表(昭和四九年)によると二八歳の男子の平均余命は四五・二二年であり、今後少くとも六七歳まで四〇年間は就労可能である。よつて原告誠の得べかりし利益をライプニツツ式算定表にもとづき現在一時に請求するものと計算すると、その現価は二六三六万四九三六円となる。すなわち、原告誠の後遺症状固定時である昭和四九年の賃金センサス第一巻第一表企業規模計男子労働者小学新中卒の所定内給与額十年間賞与額等によると原告誠の年収は一五三万六五〇〇円であるので、その算式は

1536500×17.15908635=26364936.176

となる。

(三) 慰藉料 五〇〇万円

原告誠は前記入院および通院期間中甚大な精神的苦痛を受けたばかりでなく、現在なお前記のような後遺症に悩まされており、そのため全く稼働もできず、終生精神的廃人として家族の庇護と隣憫のもとに生きることを余儀なくされている。したがつて、原告誠の慰藉料は五〇〇万円(後遺症慰藉料三九二万円、入・通院慰藉料一〇八万円)が相当である。

(四) 廃車による損害 一九万七〇〇〇円

原告誠の被害車は、本件事故によつて完全に破壊され、原状因復が全く不可能となつたので廃車せざるを得なくなつた。したがつて、原告誠は右被害車について本件事故時の時価一九万七〇〇〇円相当の損害を受けた。

(五) 弁護士費用 三六〇万円

原告誠は昭和四九年九月三日本件訴訟の追行を弁護士荒谷一衛に委任し、同人に弁護士費用として着手金一〇〇万円、成功報酬二六〇万円を支払う旨約束し、同日右着手金を支払い、結局三六〇万円の出捐を余儀なくされている。

(六) 被告らの弁済 四七五万一六三九円

被告らは原告誠に対し本件事故に対する損害賠償金の弁済として次のとおり四七五万一六三九円を支払つた。

自賠責保険から治療費五〇万円、後遺症分三九二万円が支払われ、七万四七九九円を治療費として、昭和四八年二月二日一〇万円、同年三月一三日九万円、同年四月一七日六万円合計二五万円を生活費として、同年三月一三日六八四〇円を交通費としてそれぞれ支払を受けた。

2 原告律子の損害 三六六万円

(一) 原告律子は昭和四三年一一月二六日原告誠と婚姻し、昭和四四年三月一四日長女綾子、昭和四六年一〇月八日長男政徳を生み、夫婦関係も円満に、平穏な生活を営んでいたが、本件事故による原告誠の傷害は一朝にして同人を六歳六か月位の知能程度に低下し、常時家人による監督と生活指導と頭痛に対する投薬を必要とした。また、同人をして自己の意のままにならぬことや、欲求不満からささいなことにも立腹し易くし、原告律子や、子供らに対し暴行、殴打をさせることとなつた。右の如き状況下において原告律子は廃人同様の原告誠を終生の伴侶として介助することを余儀なくされ、また、正常な夫婦生活を営むことによつて得られる女性の幸福についても原告誠の身体状況から断念せざるを得なくなつたことなど諸般の事情を考慮すると、原告律子の精神上に及ぼした影響は原告誠が死亡した時に受けるであろう精神的打撃にほとんど匹敵する程度の苦痛を受けたものということができるから、自己の権利として慰藉料を請求できるものと解するのが相当であり、右慰藉料は三〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用 六六万円

原告律子は昭和四九年九月三日本件訴訟の追行を弁護士荒谷一衛に委任し、同人に弁護士費用として本件訴訟が成功したときには成功報酬として金六六万円を支払う旨約束し、右金員の出捐を余儀なくされている。

四  結論

よつて、本件事故による損害賠償として自賠法三条、民法七〇九条、七一〇条にもとづき

1 原告誠は被告らに対し連帯して損害賠償金三二八四万九一二六円および右金員から弁護士の成功報酬を除いた三〇二四万九一二六円に対する本件事故の日である昭和四八年一月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 原告律子は被告らに対し連帯して損害賠償金三六六万円および右金員から弁護士の成功報酬を除いた三〇〇万円に対する本件事故の日である昭和四八年一月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告らの認否)

請求原因一の1ないし6は認め、7および8は否認する。同9のうち、原告誠の後遺症は自賠責保険給付において後遺障害別等級表第三級第三号に該当すると査定されたことを認め、その余は否認する。同二の1は認め、2は否認する。同三のうち、被告らが原告誠に対し本件事故の損害賠償として原告誠主張の金額を弁済したこと、原告らが本件訴訟の追行を弁護士荒谷一衛に委任したことを認め、その余は否認する。被告らが弁済した金員は金四七八万九五七九円である。

(被告らの抗弁)

一  運行供用者責任に対する免責の主張

1 本件事故は原告誠が突然被告峰行の車の進路前方に出て来たために発生したものであり、被告峰行には何らの過失がない。すなわち、本件事故状況は

(一) 被告峰行は国道三六号線二車線のうち左側車線を苫小牧方面から千歳方面に向けて時速六〇キロメートルで進行していた。

(二) 被告峰行の進路前方を約一七・五メートルの車間距離で砂田運転の普通トラツクが同方向に進行していたため被告峰行は原告誠の車を一度も見ていない。

(三) 被告峰行は砂田運転の車がストツプランプをつけたため、その車を追越すべくウインカーを上げ、ハンドルを右に切り追越しにかかつたところ、進路前方約一一・四メートル先で原告誠の車が突然被告峰行の進路を妨害する形で道路を右折しようとしているのを発見し、急制動をかけたが間に合わなかつた。

2 このような状況において、被告峰行には原告誠の車の動静について注意することはそもそも不可能なことであり、原告誠の車を発見した時には追突を避けることは不可能であつて、被告峰行の行為には何らの過失はない。

3 結局本件事故は原告誠が突然右折する理由がないにもかかわらず、後方の車の動静に何ら注意を払うことなく、道路を横切るような状態で被告峰行の進路前方に出てきた過失により発生したものである。

4 したがつて、被告専治についても、本件事故は原告誠の前記過失により発生したものであり、また加害車には何ら構造上、機能上の欠陥がなかつたのであるから被告専治にも何ら損害賠償義務はない。

二  被告らの弁済

被告らは原告誠主張の金員のほかに、交通費三万六八四〇円を、治療関係費一一〇〇円を本件事故の損害賠償として原告誠に支払つた。

(抗弁に対する原告らの認否)

被告らの抗弁はすべて否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一の1ないし6の事実および同二の1の事実はそれぞれ当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様について

1  いずれも成立に争いのない甲三号証の一ないし一一、四、五、七、一〇、一七、二〇、二二、二四および二六号証によれば、原告誠は昭和四八年一月一七日午前八時ごろ本件被害車の助手席に田中英臣を乗せ、右自動車を運転してえりも町を出発し、国道二三五号線を経て国道三六号線に入り、同車線を札幌方面に向けて走行中、同日午前一一時ごろ苫小牧市字植苗二二五番地先路上において、被告峰行が運転する本件加害車に追突され、その衝撃により中央分離帯の切れ目から対向車線上に進出し、折から苫小牧方面に向つて歩行中の設楽和靖運転の普通乗用車の右前部が被害車の左前部に激突したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  追突の態様について

追突の原因、態様に関して原告らと被告らの主張、特に被害車と加害車が片側二車線となるウトナイ遊園地付近から本件事故発生場所に至るまで道路の左側車線(走行車線)を走つていたのか、あるいは中央分離帯寄りの右側車線(追越車線)を走つていたのかという点に関して主張が全く対立し、原告らの主張に副うものとして砂田勇作の供述調書(いずれも成立に争いのない甲一〇および二〇号証)および同人の当法廷における証言が存し、被告らの主張に副うものとして田中英臣の供述調書(いずれも成立に争いのない甲七および二四号証)および同人の当法廷における証言ならびに被告峰行の供述調書(いずれも成立に争いのない甲一七、二二および二六号証)、同被告の当法廷における供述が存在する。

いずれも成立に争いのない甲三号証の一ないし一一によれば、本件加害車の前バンパーナンバープレート部分に衝突痕が残されていること、被害車の後バンパー、右後フエンダー、トランクが破損していることが認められ、加害車に追突されて被害車が対向車線に押し出されたことは前記のとおりであるから、加害車の前部中央付近と進路方向に対し斜めに位置している被害車の後部右角とが衝突したことが推認される。さらに前掲甲三号証の一ないし一一によれば、本件加害車および被害車が走行していた国道三六号線の苫小牧から札幌に向う道路は片側二車線で、本件事故現場付近の道路幅員は七メートルであること、事故当時中央分離帯付近と路肩付近には積雪があり、そのため中央分離帯から約一メートル、路肩から約五〇センチメートル道路幅がせばまり、アスフアルト路面の幅員は五メートル五〇であつたこと、中央分離帯の切れ目付近には長さ一六メートルの不明瞭なタイヤ痕が存し、それは進路前方に向つてほぼ一直線にのびて中間でやや右にふくれていること、このタイヤ痕は本件加害車の右車輪によつてつけられたものであること、したがつて実況見分調書添付交通事故現場見取図(甲三号証の三)の本件加害車と被害車の衝突時の位置関係の表示はかなり信頼性の高いものであることがそれぞれ認められ、これらの認定事実、特にタイヤ痕の状態から見て本件加害車は本件衝突時の前後において道路の右側一ぱいに車両を寄せたこと、すなわち、通常走行しない積雪部分まで車両を乗り入れたばかりでなく、さらにそのまま真直ぐ進行した場合中央分離帯に車体右側が接触すると思われるほど右側に車両を寄せて走行したことが認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。一方、いずれも成立に争いのない甲一七、二二および二六号証ならびに被告峰行の尋問の結果によれば、被告峰行は本件被害車を発見した際急制動をしたのみでハンドル操作をしてそれを回避する措置を取つていないことが認められる。したがつて、被告峰行が前記のように車両を右側一ぱいに寄せた原因は衝突を回避したことにあるのではなく、他に存すると言わなければならない。被告らの主張によれば、本件加害車が左側車線を走つていたところ、先行車を追い越すために進路を右に変更したと言うのであつて、これに副う証拠が存することは前記のとおりである。しかし、右主張およびそれに副う証拠は前記認定の本件衝突時の加害車の走行位置からみて極めて不自然である。仮に被告峰行が左側車線を先行車に追従していたならばその先行車を追越す必要に迫られたときは単に右側車線に進路を変更すれば足りるのであつて、どうして右側一ぱいに車両を寄せたのか説明ができず、前記加害車の走行位置は、かえつて本件加害車が右側車線を走行していたことを裏付けるものということができる。それゆえ、前掲各証拠中、ウトナイ遊園地付近から本件加害車とその先行車および本件被告車が左側車線を走つていたという被告らの主張に副う部分は措信することができず、この点に関しては原告らの主張に副う前掲各証拠の砂田の供述調書および証言は十分信用することができるものというべきであり、それゆえ、片側二車線となるウトナイ遊園地付近からは本件被害車と砂田勇作運転の車両および本件加害車はこれらの順序で、右側車線を走行して本件事故現場に至つたと認めることができる。

さらに、前掲各証拠(前記措信しない部分を除く。)によれば、前記のように三台の車が国道三六号線を札幌方面に向けて走行中、本件事故発生場所付近において砂田車が先行する本件被害車が右に方向指示器を出し、制動をかけて右折する態勢に入るのを見て、これを避けるために同じく制動をかけ左にウインカーを上げて進路を左側に変更しようとしたこと、その際、被告峰行は砂田車の動きを見て同車が左側に進路を変更し終らないうちに右にハンドルを切つて砂田車を追い抜こうとしたが、このような時は前方の道路状況を十分確認してすみやかに右折態勢に入つていた本件被害車を発見し、右のような無理な追い抜きをひかえるべきであつたのに、前方を十分確認しないまま自己の意図どおりに車を走行させ、前記のとおり追突させたものであつて、本件被害車を運転していた原告誠にはその右折の仕方に責められるべき点は見当らず、本件事故は被告峰行の一方的な過失によつてひき起されたものと認められ、右認定に反する甲七、一七、二二、二四および二六号証ならびに田中英臣の証言および被告峰行の尋問の結果は措信できず、その他右認定に反する証拠はない。

三  以上の認定事実および前記当事者間に争いのない請求原因二の1によれば、被告峰行は民法七〇九条により、被告専治は自賠法三条および民法七一五条、七〇九条(物損についてのみ)により本件事故によつて生じた損害を賠償する義務があり、それゆえ、被告ら主張の免責の抗弁は排斥をまぬがれない。

四  損害について

いずれも成立に争いのない甲三一ないし三三号証、三五、三八号証および五〇号証の一ないし一四ならびに証人小林計理の証言によれば、原告誠は本件事故により頭部外傷、外傷性頸椎症、外傷性頭蓋内出血(外傷性くも膜下出血)の傷害を受け、そのため、王子総合病院脳神経外科に昭和四八年一月一七日から同年二月一三日まで二八日間、同年三月五日から同月一四日まで一〇日間、えりも町の紺野医院に同年二月一五日から同年三月五日まで一八日間それぞれ入院治療を受け、入院期間は合計五六日に達したこと、さらに退院してから同年三月一五日から同年四月二〇日まで実治療日数八日、同月二一日から昭和四九年六月一八日まで実治療日数一四日それぞれ通院治療を受け、王子病院に入院中三回札幌医大病院に検査のため通院したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

1  原告誠の損害について(慰藉料を除く。)

(一)  治療関係費 七三万七九〇六円

(1) 治療費 五八万四二二六円

いずれも成立に争いのない甲四六ないし四九号証、五〇号証の一ないし四、五一号証の一ないし一四および乙一号証の一ないし三によれば原告誠は前記傷害の治療のために金五八万四二二六円を要したことが認められる。

(2) 近親者付添看護費 七万九四〇〇円

前記甲四六ないし四九号証および乙一号証の一ないし三および原告律子の尋問の結果(一回目)によれば、原告誠が入院中および通院のため付添看護を必要とし、原告律子がそれぞれ付添看護をしたことが認められ、入院期間は合計五六日間、通院は合計二二日であることは前記のとおりである。そこで入院付添費としては一日一二〇〇円合計六万七二〇〇円、通院付添費としては一日五〇〇円合計一万一〇〇〇円と認めるのが相当である。

なお、原告誠が昭和四八年二月一四日に自宅療養をするよう医者から指示されたことを立証するに足りる証拠はないけれども、前記原告誠の病状から自宅において付添看護を要したことが認められるので、自宅療養付添費として一日一二〇〇円を認める。

(3) 入院諸雑費 一万六八〇〇円

入院一日につき三〇〇円として合計一万六八〇〇円を認めるのが相当である。

(4) 通院交通費 五万五七八〇円

先ず、原告誠が王子総合病院に入院中三回札幌医大に通院したこと、および王子総合病院に通院したのは合計は二二日であることは前記のとおりであり、いずれも成立に争いのない甲五二、五三号証および前記原告律子の尋問の結果によれば、王子総合病院にはいずれもタクシーを利用し一回四二〇円合計九二四〇円を要したこと、札幌医大一回通院のために王子総合病院と苫小牧駅、札幌駅と札幌医大をそれぞれタクシーを利用し、苫小牧駅と札幌駅は往きは特急、かえりは急行列車を利用して合計二〇五〇円を要し、三回分として六一五〇円を支出したこと、原告誠が昭和四八年二月一四日王子総合病院を退院して自宅へ帰るため荷物運搬をかねてタクシーを利用し二万五五〇〇円を要したこと、さらに紺野医院から王子総合病院へ転院するためバス代とタクシー代合せて一万四八九〇円を要したことがそれぞれ認められる。右の交通費は原告誠の病状からみて本件事故と相当因果関係に立つものとみて被告らに負担させるべきである。

(5) 文書作成料 一七〇〇円

いずれも成立に争いのない甲五四および五五号証によれば、原告誠は診断書の作成料として一七〇〇円を支出したことが認められ、右金員も同原告の損害と認められる。

(二)  逸失利益 二〇八二万三二二四円

原告誠が自賠責保険給付において後遺障害三級三号に該当するものと査定されたことは当事者間に争いがない。

いずれも成立に争いのない甲三一ないし三三、三五、三七、三八、四〇、四一、六一および六二号証ならびに鑑定人遠藤雅之の鑑定結果、証人小林計理の証言、原告律子の尋問結果(一ないし三回)によれば、原告誠は本件事故により意識喪失し、軽度のこん濁状態に回復したのは事故後三日目の一月一九日午前一〇時ごろであつたこと、意識障害が除かれると記憶力には著しく障害が残り、はじめは妻を識別できず、事故後三年半を経過した現在においても本件事故の状況を含めて生活史のほとんどすべてにわたつて記憶を喪失していること、一方記銘力についても強い障害を受けたが、その回復はかなり進んでいると見られること、知能にも高度の障害が残り現在軽愚級に属すること、人格の幼稚化、性格変化が見られ、自発性も減退していること、現在でも激しい頭痛を伴い、インポテンツであること、昭和五〇年八月一一日原告誠は札幌家庭裁判所苫小牧出張所において心神喪失の常況にあるとして禁治産の宣告を受けたこと、以上のような頭部外傷後遺症は現在においても大きな変化はなく、快方に向つているきざしも具体的には現われておらず、依然として就労能力はないことがそれぞれ認められ、これらの認定事実によれば、原告誠は本件事故により相当長期間にわたつて労働能力を一〇〇パーセント失なわれたものと言うことができる。さらに前掲各証拠によれば今後の回復の可能性については明確なことを断言できる状況にはないが、その可能性が残されているとは言うものの、現在時においてはかなり難しいものであることが推認される。一方、いずれも成立に争いのない甲一一号証および乙六号証ならびに原告律子の尋問の結果(三回目)によれば、原告誠は昭和四八年三月二〇日の司法巡査芦野力の取調べの際手本を見たとはいえ立派に漢字で自己の名前を記載することができたこと、成立に争いのない乙四号証および原告律子の尋問の結果(二回目)によれば原告誠は昭和五〇年七月一四日付で免許証の更新を行なつたが、後に取消されたことがそれぞれ認められ、これらの事実から見ると原告誠の能力は相当程度のものが備わつているものであり、妻の原告律子もその回復にかなりの期待を持つていることが推認され、さらに前掲各証拠によれば原告の後遺症は脳の器質的障害によるものではなく、心理内要因にもとづくという疑いが濃く、原告誠の精神状態を的確に把握することが困難な面があることが認められ、これらの諸事情を考慮すると、原告誠がその一生を通じて労働能力の全てが失なわれたとしてそれによる損害を全部被告らに負担させることは公平の原則に照らし妥当を欠くものと言うべきであつて、右金額のうち二割を差し引き、その八割を被告らに負担させるのが相当である。

前掲証拠によれば、原告誠は昭和二〇年九月二〇日生れで、本件事故当時二七歳三か月であることが認められる。そこで先ず本件事故時にその労働能力がすべて失われたものとしてその逸失利益を計算する(原告誠が本件事故時に具体的にどの程度の収入を得ていたかを立証するに足りる証拠はないが、原告律子の尋問の結果によれば健康体であつたことが認められるので以下賃金センサスを利用して算定する。)。就労可能年数が六七歳であることは当裁判所に顕著な事実であり、したがつて原告誠の就労期間は四〇年である。昭和四八年一月一七日から昭和四九年一月一六日までの賃金分については昭和四八年の賃金センサスの数値を利用し、それ以降の分については昭和四九年の賃金センサスを用いる。昭和四八年賃金センサス第一巻第二表企業規模計男子労働者小学新中卒二五歳から二九歳の所定内給与額は八万〇五〇〇円で、その他の特別給与額は年間二一万七八〇〇円であり、昭和四九年賃金センサス第一巻第一表企業規模計男子労働者小学新中卒二五歳から二九歳の所定内給与額は一〇万三八〇〇円であり、その他の特別給与額は年間二九万〇九〇〇円である。それゆえ、原告誠の四〇年間の就労による得べかりし利益をライプニツツ式計算表にもとづき、本件事故日に一時に請求するものとして計算すると次の計算式に示すとおり二六〇二万九〇三〇円となる。四〇年のライプニツツ係数は一七・一五九〇八六三五であり、一年のそれは〇・九五二三八〇九五である。

(80500×12+217800)×0.95238095+(103800×12+290900)×(17.15908635-0.95238095)=26029030

前記のとおり右逸失利益合計額から二割を差し引くと、被告らが負担すべき金額は二〇八二万三二二四円となる。

26029030×0.8=20823224

(三)  廃車による損害 一九万七〇〇〇円

成立に争いのない甲五六号証および証人平田瑞穂の証言によれば、本件事故当時本件被害車の時価は一九万七〇〇〇円であることが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

2  原告誠および同律子の慰藉料

原告誠の傷害の部位・程度、その入院期間および通院期間・その通院実日数ならびに頭部外傷後遺症の症状については前記のとおりであり、また、原告らの家庭生活が本件事故によりまつたくくつがえされたことは前記認定事実から明らかである。一方、本件事故当時の成人男子の死亡慰藉料が四〇〇万円から五〇〇万円の範囲内にあることは当裁判所に顕著な事実であり、これらの事情等諸般の事情を総合すると、原告誠の慰藉料は傷害分と後遺症分を合せて三〇〇万円と認めるのが相当であり、原告律子も夫の生命を奪われたに等しいものであることを考えると相当の慰藉料を請求しうるものであり、その金額は二〇〇万円をもつて相当と認める。

3  損害のてん補

原告誠が被告らから自賠責保険金を含めて四七五万一六三九円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない乙一号証の一ないし三および三号証によれば、右争いのない金員のほかに、被告らは原告誠に対し治療費一一〇〇円、交通費の名目で三万六八四〇円を支払つたことが認められ、したがつて原告誠が支払を受けた金員は四七八万九五七九円となる。これを原告誠の損害から差し引くと同原告の損害は一九九六万八五五一円となる。

737906+3000000+197000+20823224-4789579=19968551

4  弁護士費用(原告誠につき一〇〇万円、原告律子につき二〇万円)

原告らが原告ら訴訟代理人に本訴の提起進行を委任したことは本件記録上明らかであり、本訴の認容額、事件の難易等本件にあらわれた一切の事情をしん酌し、被告らに負担させるべき弁護士費用は原告誠につき一〇〇万円、原告律子につき二〇万円をもつて相当と認める。

五  以上のとおり、被告らは各自、原告誠に対し金二〇九六万八五五一円および内金一九九六万八五五一円に対する本件事故の日である昭和四八年一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払義務があり、原告律子に対し金二二〇万円および内金二〇〇万円に対する本件事故の日である昭和四八年一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払義務があり、原告らの被告らに対する本訴各請求は右の限度で理由があるから認容することとし、その余の請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安斎隆)

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